ブラックジャックの歴史

ブラックジャックのルーツは、18世紀にフランスで行われていた「ヴァンテ・アン」というカードゲームが原型と言われています。

ヴァンテ・アンとはフランス語で「21」を意味し、このゲームが19世紀にアメリカへ渡った頃、「スペードのAと黒(スペードまたはクラブ)のJ(ジャック)」による「21」にはボーナスが支払われるようになり、そこからこのゲームを「ブラックジャック」と呼ぶようになりました。

現在はスーツ(マーク)に関係なく、AとJの組み合わせでブラックジャックとなります。

1960年代、このブラックジャックに歴史的な攻略法が生まれます。

攻略法はアメリカの数学者らによって編み出され、特に、1962年にエドワード・オークリー・ソープが書き記した著書「Beat The Dealer」は、世界中のカジノを震撼させる程でした。
確率によってあみ出された「ストラテジー」(Strategy:最適戦略)と、残りのカード数位のかたよりによってプレイヤーの有利度を測る「カード・カウンティング」(Card Counting)を行うことで、完全とも言える攻略が可能になってしまったのです。

もちろん、ハウス(カジノ側)も黙って見ていたわけではありません。
これを機に、ゲームで使用するカードの組数を2組→4組→6組→8組と増やしていき、カード・カウンティングを困難にさせました。
それでもプロの攻略はとどまらず、ルールを厳しく変更せざるを得ませんでした。
また同時に、ハウスはカード・カウンティングによるブラックジャックのプロだと判断すると、ゲーム途中にも関らずその客を締め出すようにもなりました。

アトランティック・シティでは、この出来事により訴訟問題にまで発展し、原告のプレイヤー側が裁判で勝訴した為、カードカウンターの締め出しはできなくなりました。

その代わり、ディーラーはいつでもカードをシャッフルできるようになり、プロがテーブルに着くと数回のゲームでシャッフルしてしまうのでまともに稼ぐのは難しくなりました。

このような経緯から、現在行われているブラックジャックの殆どが6組以上のカードを混ぜ、シュー(Shoe)と呼ばれる専用の箱に入れてゲームを行います。
このようなゲームスタイルを「シューゲーム」(Shoe-Game)と呼びます。

しかし、ラスベガスでは未だ旧来の1~2組のカードで行うスタイルも残っており、ディーラーがカードを手に持って配ることから「ハンドヘルドゲーム」(Handheld-Game)と呼ばれます。
ゲーム自体は全く同じですが、ハンドヘルドの方がカードの総数が少ない分ルールも厳しく設定されています。

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